自己肯定感って、結局「育ち」なんじゃないか。
そう思ったことはありませんか?
私はあります。というか、最近気づきました。
勉強も習い事も続かない
兄弟の中で一人だけ何もできない子どもだった私が
なぜか一度も「自分が嫌いだ」と思ったことがない。
根拠もないのに「私、なんとかなる気がする」とずっと思って生きてこられた。
その理由を考えたとき、必ず一人の人に行き着くんです。
私の、お母さん。

高校生のとき、バイトに遅刻しそうになって、母に車を出してもらったことがありました。
夕飯の準備中だったのに、嫌な顔ひとつせず飛び出してきてくれた。
車の中で、私は言いました。
「忙しい時間にごめんね」と。
間髪入れずに返ってきた一言が、これです。
「何言ってんの。お母さんは迷惑かけられるためにいるのよ。」
その瞬間、胸の中にあった罪悪感がふっと消え温かさでいっぱいになりました。
助けを求めていい。頼っていい。迷惑をかけても、それを丸ごと受け止めてくれる人がいる。
この感覚が、今の私の「根拠のない自信」の正体なんだと、大人になった今、確信しています。
私の自己肯定感をつくった、母という人

私は三兄弟の真ん中です。
兄は頭がよく、学年で常に上位。
弟は多才で、何をやらせても必ず成果を出す。
私はというと、兄が1回で覚えることを10回やっても覚えられない。
弟が卒なくこなすことを、できた試しがない。
勉強も習い事もすぐ飽きて続かない。
私は、得意なことが本当に一つもありませんでした。
親戚が集まる場所では、優秀な兄や多才な弟ばかり褒められていた。
私は褒めるところが一つもないんだな、と子どもながらに自覚していたことを覚えています。
でも母は、一度も兄や弟と私を「比べた」ことがありませんでした。
母がしてくれたこと、今でも覚えていること
大学生になっても、姿が見えなくなるまで見送った
母は、私が家を出るとき、必ず外に出て見送る人でした。
雨の日も、風の日も。
私の姿が角を曲がって見えなくなるまで、ずっと私の背中を見ていた。
正直、大学生になってからは少し恥ずかしかったです。
もういい年なんだから、と思っていました。
でも今思うと、あの母の姿が毎朝私に渡してくれていたものがある。
「気にかけてくれる人がいる」という感覚です。
言葉じゃなかった。
ただそこに立って、小さくなっていく背中を見つめてくれた。
それだけで、一日の安心感がまるで違った。
おかえりを言いたいから、一度も家にいないことはなかった
帰宅したとき、母が家にいないことは一度もありませんでした。
理由を聞いたことがあります。
「おかえりを言いたいから」と、それだけ言いました。
しかも声をかけるだけじゃなくて
玄関まで小走りで来てくれる人でした。
待っていてくれる人がいる。
その感覚が、どれだけ私の心の中に積み重なっていったか今になって思います。
私が嬉しそうに話すと、母はもっと嬉しそうな顔をした

「ねぇねぇ聞いて!」と話しかけると、母は必ず手を止めて、目を見て聞いてくれました。
でも母がくれたのは「話を聞いてもらえた」だけじゃなかった。
私が嬉しそうに話すと、母はもっと嬉しそうな顔をするんです。
自分の喜びを、一緒に喜んでもらえること。
「あなたが笑うと、私も嬉しい」そんなメッセージだったんだと
大人になってから気づきました。
特別なアドバイスなんて、一言もいらなかった。
「目を見て聞いてくれる」それだけで心が満たされていたことを覚えています。
母が誰かの悪口を言うのを、一度も聞いたことがない
これ、かなり大事なことだと思っています。
私は幼少期から今に至るまで、母が誰かの悪口を言っているところを聞いたことがありません。
「子どもに悪口は聞かせたくない」と言っていた人でした。
唯一、本気で怒られた記憶があります。私が兄弟をけなしたとき。
「お母さんの大事な人なんだから、そんなこと言わないで」と。
大人になってわかりました。
悪口を言わないのは、ルールじゃなかった。愛情からだったんです。
家の中にネガティブな言葉がない。
それだけで、家は「世界で一番安全な場所」でした。
家族は全員、私の味方なんだという確信が、今の私の根っこにあります。
「お母さんは迷惑かけられるためにいるのよ」

冒頭に書いたバイトの話に戻ります。
あの一言を言われたとき、私が感じたこと。
頼っていい。助けを求めていい。迷惑をかけることは、悪いことじゃない。
自己肯定感が低い人ほど、「迷惑をかけてはいけない」と思って
誰にも頼れなくなることがあります。
助けを求めることを、弱さだと思ってしまう。
でも私には、「迷惑かけられるためにいる」と言い切ってくれた人がいた。
だから私は、誰かに頼ることを、そんなに怖いと思わずに生きてこられた気がします。
孫が生まれた今でも、「あんたが一番可愛い」と言う人

参観会のたびに「一番輝いてた」「誰よりも可愛い」と言い続けた母が
私が母親になった今でも変わらない。
客観的に見てどう考えてもそんなわけないのに本気の顔で言うんです。
「あんたが一番可愛い」と。
成人式の日の母の顔を、今でも覚えています。
自分のことみたいに喜んでくれた、はち切れそうな笑顔。
高校生になっても頭を撫でてきました。
正直ちょっと、いやけっこう嫌でした(笑)。
でもあれは「あなたはまだ私の可愛い子どもだよ」というメッセージだったんだと、今はわかります。
自分のためにお金を使わない人でした。
「子どものためならお財布の紐がゆるゆるになっちゃう」と笑いながら。
寝る前には、必ず絵本を読んでくれました。毎晩、欠かさず。
同じ本を何度も何度も繰り返し読むから、母はもう暗記してしまうくらいだったと言っていました。
「お母さん、絵本を読む時間が大好きだったんだよね」
いつだったか、こう話してくれたことがあります。
子どもの私のために読んでいたはずなのに
その時間を一番大切にしていたのは、母自身だったのかもしれない。
私が30代になった今でも、あの頃の絵本を宝物だと言って手元に置いてあります。
それを見るたびに思うんです。
あの絵本は本のかたちをしているけど、中身は全部、あの夜の時間なんだと。

暗くなったら隣に来てくれて、同じページを何度でもめくってくれた、あの時間が詰まっているんだと。
そして、こんなことを言ってくれた人でもありました。
「あなたが可愛いと思って大切にしているものだから、お母さんも大切にしたい」
私の子どもを可愛がってくれるのは
孫が可愛いからじゃなくて、私が可愛いから。
その延長線上に全部あるんだと。
こんな人に育てられたら、自己肯定感が低くなる方が、難しいかもしれない。
この人に育てられたから、一度も自分を嫌いになったことがない

派手な子育て論じゃなかったんです。
特別なことは、何一つなかった。
雨の日も外に出て手を振って、小走りで玄関まで来て、一緒に笑って、悪口を言わないで、迷惑かけていいよと言い続けた。
でも、その積み重ねが私の中に「確信」を作りました。
何ができてもできなくても、私はここにいていい。愛される存在なんだ。
自己肯定感って、結局これなんだと思います。
何かを達成したから自信が持てるんじゃなくて
ただ存在しているだけで大切にされた記憶が、根拠のない自信になる。
私はこの人に育ててもらったから、根拠なく自分を信じられます。
ポンコツで、出来損ないで、20点のテストを叩き出すような子どもだったけど、一度も自分を嫌いになったことがない。
それは全部、お母さんのおかげです。
お母さん、ありがとう。
この記事を読んで、誰かが自分のお母さんのことを思い出してくれたら嬉しいです。
そしてもし今子育て中のあなたが
今日ちょっとだけ「迷惑かけていいよ」と言えたなら
それだけで十分だと思います。
読んでくださり、ありがとうございました。



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