「23年間そばにいてくれてありがとう」──じいじとばあばが教えてくれた、愛情の全力という意味

根拠のない自信のすべて

結婚式の日、ばあばからメッセージカードをもらいました。

開けたら、たった一言だけ書いてありました。

「23年間そばにいてくれてありがとう」

普通は逆ですよね。

孫が祖父母に「育ててくれてありがとう」と言うものだと思っていた。

なのにばあばは、私がそばにいてくれたことに、感謝していた。

そのカードを読んで、泣きました。

二人がしてくれたことの意味が、全部そこに詰まっていた気がしたから。

じいじという人

頑固で意地っ張りで、曲げない人でした。

でも私には、激甘でした。

言葉で「可愛い」とか「好きだ」とか、そういうことを言うタイプじゃなかった。

でも全部、行動に出ていました。

隠せないんですよね。

欲しいと言えば、全力で叶えてくれた

子どもの頃、近所の薬局のサトちゃんが好きでした。

じいじは、私が「乗りたい!」と言えば気の済むまで乗らせてくれました。

最高20回です。

おもちゃも欲しいと言えば喜んで買い与えてくれた。

家に帰って遊んでいる姿を見て、鼻の下を伸ばしてデレデレしていました。

ある日「このポテトチップスおいしい!」と言ったら、翌日に箱で買ってきていました。

何故かじいじが嬉しそうな顔をしていて

笑えるけど、笑えない。

それくらい、私が喜ぶことが嬉しくて仕方なかったんだと思います。

知らない人に「オラの孫!」と紹介してた

外を歩いていると、見知らぬ人に突然声をかけるんです。

「オラの孫!可愛いだろ!」

子どもの頃は正直、めちゃくちゃ恥ずかしかった。

穴があったら入りたかった。

でも今思うと、あれはじいじなりの全力の愛情表現だったんだと分かります。

この子が自慢でたまらない、みんなに知ってほしい

そういう気持ちが溢れ出てしまっていた。

言葉より先に体が動く人でした。

他の人からしたら迷惑ですよね、けどそれだけ全力で、全身で愛してくれました。

20歳になっても、扉の陰から「わっ!!」

これ、ずっと続いていました。

部屋に入ろうとすると、扉の陰に隠れていて「わっ!!」と飛び出してくる。

私が「やめてよ〜!」と笑うと、めちゃくちゃ嬉しそうにしていました。

20歳になっても、です。

いや、20歳の頃はさすがにイライラして強い口調で「やめてよ!」と言っていました。

それでも、嬉しそうだった。

いつからそこで待っていたんだろう、と今になって思います。

私が帰ってくる時間を見計らって

扉の陰でワクワクしながら待っていたじいじのことを想像すると

なんだか可愛くて、笑えて、胸がいっぱいになります。

やめてよ〜と笑う私の顔が、見たかったんだと思います。

結婚すると決まったとき「有り金全部包む!」

私が結婚すると伝えたとき、じいじは言いました。

「有り金全部、祝儀に包む!」

本気でした。止めたのはばあばです。

「あんた何言ってんの」と(笑)。

結局ばあばに止められましたが、じいじはそれくらいの気持ちだったということです。

孫の門出に、持てる全部を渡したかった。それがじいじの愛情の形でした。

ひ孫が生まれてから、さらに加速した

私に子どもが産まれて、じいじはひ孫ができました。

そこからも、すごかった。

手が痺れて震えるまで、2時間抱っこし続けていました。

寝顔を宝物のように見つめていました。

鼻の下を伸ばしながら、1時間。

じいじは理容師でした。

でも家にひ孫がいると、お客さんをほったらかして抱っこしていることがありました。

バリカンを途中で置いて。

さすがにばあばに怒られていました。「お客さんが待ってるでしょ!」と。

じいじの答えはこれです。

「お客さんよりひ孫が大事だ!」

(いやダメだろ)

そして家の壁は、ひ孫の写真でいっぱいになっていました。

写真館ですか、というくらい。

私への愛情が、そのまま次の世代に流れ込んでいきました。

ばあばという人

愛情深くて、心配性で、お節介で、太陽みたいな笑顔の人でした。

そこに居て笑うだけで、空気がパッと明るくなるような。

じいじとは全然タイプが違うのに、愛情の方向は同じでした。

二人とも、全力でした。

大雨の日には、いつもあたたかいお風呂が待っていた

学校から帰ってくると、大雨の日には必ずお風呂が沸いていました。

ばあばが沸かしておいてくれていたんです。

「はやくあったまってね」と言いながら。

言葉じゃなくて、行動で心配を伝える人でした。

あなたのことを心配していたよ、という気持ちをお風呂の温度で表現していた。

あの温かさを、今でも体が覚えています。

鏡の前で、ばあばと笑い合った記憶

ばあばは美容師でした。

子どもの頃、可愛い髪型にしてもらえるのが嬉しくて、鏡の前に座るのが好きでした。

浴衣や着物も着せてもらいました。

鏡越しにばあばと目が合うと、ばあばはいつも笑っていました。

私も笑いました。

「うめはかわいいね」と言いながら、丁寧に髪を整えてくれていた。

あの鏡の前の時間が、幸せだったことをよく覚えています。

「うめを大切にしてほしいから、周りの人も大切にする」

ばあばは、私の友達にもよく尽くしてくれました。

お小遣いをあげたり、好きなお菓子を買ってあげたり。

夫にも、よくプレゼントを贈ってくれていました。

不思議に思って聞いたことがあります。「なんでそんなにしてくれるの?」と。

ばあばの答えはこれでした。

「うめを大切にしてほしいから、周りの人も大切にしてるんだよ」

私が可愛いから、私の大切な人を大切にする。

孫のためだけじゃなくて、孫を守るために、孫の周りにいる人まで愛してしまう。

そんな人でした。

みかんの皮も、パンのクリームも、全部全力だった

じいじもばあばも、極端な人たちでした。

「みかんの皮がいや!」と言えば、いくらでも剥いてくれた。

「パンのクリームだけ食べたい!」と言えば、笑顔で端っこを切り落として渡してくれた。

わがままを怒ったことが、一度もありませんでした。

子どもの気持ちを、全部受け止めてくれていた。

どんな小さなことでも「あなたの気持ちは大事だ」と行動で教えてくれていた。

それが根拠のない自信になるんだと、今の私は思います。

バックミラーに映った、じいじの顔

一番記憶に残っているのは、夕暮れの車の中のことです。

じいじが運転していて、後部座席にばあばと私とひ孫がいました。

ひ孫が夕焼けを指さして「あか!あか!」とはしゃいだあと

ばあばが「夕焼け小焼け」を歌い始めました。

私も一緒に歌いました。

まだ言葉がたどたどしいひ孫も、一緒に。

ふと前を見ると、バックミラーにじいじの顔が映っていました。

今まで見たことがないくらい、幸せそうな顔。

夕焼けと、歌声と、あのじいじの表情。

あの瞬間、私は誰かの幸せそのものでした。

存在しているだけで、誰かをあんなに幸せにできていた。

家に帰ってから、ばあばが言いました。

「ありがとうね。じいじのあんなに幸せそうな顔、私も見られて幸せだったよ」

私がいたから、じいじがあの顔をした。

じいじがあの顔をしたから、ばあばが幸せになった。

ただそこにいるだけで、こんなふうに誰かの幸せが連鎖していく。

それを知っているから私は根拠なく自分を信じることができるんだと思います。

「23年間そばにいてくれてありがとう」

じいじもばあばも、数年前に亡くなりました。

本当に大好きでした。

結婚の日にもらったばあばのメッセージカードを、今でも持っています。

「23年間そばにいてくれてありがとう」

孫が祖父母にありがとうを言うのが普通なのに、二人はずっと逆でした。

私がそこにいるだけで、幸せだと言ってくれた。

存在していることに、感謝してくれた。

こんな人たちに育てられたから、私は自分を好きでいられます。

何ができても、できなくても。

ポンコツでも、出来損ないでも。

あなたがいるだけで幸せだよ、と言い続けてくれた人たちがいたから。

その記憶が、私の根拠のない自信の全部です。


お母さんから受け取った愛情と、じいじとばあばから受け取った愛情。

私はそれを、今度は自分の子どもに渡していきたいと思っています。

自分の子どもを育てるようになって、初めて気づいたことがあります。

誰かが大切にしてくれるって、こんなにも嬉しいことなんだって。

じいじが私を見てデレデレしていた気持ちが、今ならわかります。

ばあばが「ありがとう」と言った気持ちも。

大切にしたくて、全力になってしまう気持ちも。

受け取る側だった私が渡す側になって、あの愛情の重さをやっと知りました。

言葉じゃなくてもいい。

有り金全部じゃなくてもいい。

扉の陰から「わっ!!」でもいい。

全力で愛するということの形は、人それぞれでいい。

ただ、あなたがいるだけで幸せだということを、伝え続けること。

それだけで、子どもの中に根拠のない自信が育っていくと信じています。

じいじ、ばあば、あなたたちに出会えて本当によかった。ありがとう。

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